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2016年06月29日

what a wonderful my world

最近、なんとも言えない違和感や
不調和を感じることがある
という人がいるかもしれません。

それは何かというと、
自分自身の本体(魂)の動きに
肉体がついて行けていないことから起こります。

目の前の残像を現実だと思い込んで、
なにこれ、噛み合えへん!
(・゚д゚`≡・゚д゚`) と混乱して、

溺れながらジタバタ暴れて
かえって苦しむループを愉しむ
みたいなことをやっている場合があります。

力を抜いてラク〜にしていたら、
ある程度の脂肪さえあれば、
勝手に身体は浮き上がります。

それでもついつい暴れてもがいてしまうのも、
ストイックに鍛えすぎた筋肉で沈んでしまうのも、
人間らしさゆえです。

よくわたしは
「一日一生アップデート」という表現を使いますが
これも喩えのひとつです。

わたしたちは
自分で思っている以上の
大きな動きをしているということです。

その動きの中で生じるエネルギーが
次のビッグバンにも繋がります。

参考記事:愛と死の間で
http://hairandnail.seesaa.net/article/438738363.html

日々の言動もここで書いたことも
どんどん古くなっていくわけですが、
(↑の記事ももう微妙に古いです:笑)

わたしはわたしの中で
終わったことや必要ないものなど、
「今でないもの」を確認するために、
周囲の人々やできごとを利用します。

また、周囲に対しても同様に
必要な役を演じます。

「周囲の存在は内側を映す鏡」だナンダ、
そんなことは耳にタコができるほど
聞かされてきているわけですが。

ほんとうに驚くほど完璧に
わたしたちはお互いの約束どおりに
その時々で必要な役割を果たしています。

今日もまたそれを
しみじみ感じさせてもらう機会があって、
わたしたちの本質は愛でしかないと
確信させてもらいました。

人間的な感覚では
捉えているものに違いがあったとしても、
表現が人それぞれ違っても、
その構成要素は等しく愛( i )であると、
復習しあいました。

わたしがどれだけブレていて
勘違いの道をひた走ろうが
いつでも見護り愛してくれている
「わたし」があり、仲間があり、

同じように
目の前の人がどうあろうが
それに対してどう感情が動こうが、
奥深いところでは、いつも変わらずに
愛している「わたし」がいます。

あなたに対してわたしがどう映り
それが心地よいものであれ
不愉快なものであれ
周囲がわたしにとってどうであれ

結局すべて愛( i )なんだよねーと、
もうこれしか言えねぇ!という
ワンパターンな話に、落ち着きます。

20160629012103647.jpg

無理矢理言葉にしようとすると
長〜くなっちゃうのですが、
これはわたしの力不足です。

そして真実は、笑えるほど単純でシンプル。

残像に振り回されて
ぐるんぐるんしてしまうことがあるのも、
人は慣れたパターンに戻りたがる癖があるだけ。

“まさかそんなカンタンに、
なんの努力もなしに、
ここを抜け出せるわけがない!”
と思い込んでいるだけで

本体はとっっっっっくのとうに
先にイッちゃてるのです。

そのズレが
違和感や分離感として現れます。

“あ、そっか。
ここ、もう終わったんだっけ”
と気づくだけ。思い出すだけ。

ありえないと思っていた世界は
実はありえないくらいカンタンに
行き来できるところにあり、

自覚していなかったとしても
すでにその場所をわたしもあなたも知っていて、
肉体を持つわたしたちは
思い出す愉しみを味わう過程を遊んでいます。

ほんと、最近はこんな話題が多いですか、
わたしが今ここを丁寧にやりたいから、
何度も手を変え品を変え確認し、
表現しようとするのでしょう。

もしあなたが
いまの世界に違和感を感じるなら、
それはただの残像です。

あなたはもうそこにはいない。
それはもう「今」ではない。

この事実を、真実を素直に受け入れられたら、
今までと変わらないようで、すべてが違う、
そんな領域があったと思い出すはずです。

こういったことを
長々と説明しなくても、
(*´・ω・)(・ω・`*)ネー
と感じあえる人が増えているし、

みんなそこへ還るのだから
世界はどんどんラク〜に愉しく
生きていられるものになります。

ウキウキなのです☆彡
posted by まさみ♡まみ at 01:55| Comment(0) | 愛の光の循環 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月26日

自由になりやがれ

この1ヶ月くらいの間に
違う場所で計2回
パーキンソン病の方に遭遇。

そのうち1人は
今年に入ってから
発病したのだとか。

わたしはわたしの
自由を奪い、行動を制限している
というのを
見せられているのかなぁ
なんて思ったり。

ふわぁ〜✨
ヽ(*´∀`)ノ
としてるのが

しあわせの近道だよと
日々言われていて。

わたしは
ふわぁ〜✨と
「しようしよう」として
拳を握りしめているのかしら。

なんて
わが身を振り返るのでした。

真面目で頑張り屋さんな
ドMのわたしは
もう卒業でいいのだよ。
posted by まさみ♡まみ at 08:14| Comment(0) | ふとした気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月22日

なんちゃって障害者

わたしたち変態さんたちは
病院に行けば
たいがい何かしら病んでると診断されます。
精神的な病であるとか、発達障害とかね。

発達障害にもアスペルガー、ADD、ADHDやら
いろいろあるけれども、これ自体が
「平均的な」人たちの目線で
「常識的な」枠では測りきれないものを
無理やり分類しただけなので、
実際にはドンピシャな診断というのはできません。

でもって「専門家」を名乗る医師も
ほとんどが表層的な現象を
“改善”しなければならない“症状”と捉えて
薬物や心理学的なアプローチで
なんとかしようとします。

そもそもなにが、なんでしんどいのか?
なんて本質は置いてけぼりです。

世の「普通」の枠に収まりきれなくて
でも頑張って収まろうとして、
本来のその人らしさが発揮できず、
エネルギーがぐるんぐるんしてしまうのが
不調和のはじまり。

のびのびとさせてくれる人や環境があると
一気に花開き羽ばたいていくのですが、
思うようにいかず、
くすぶってしまう人が少なからずいます。

迷惑をかけてしまう、あるいは
かけあうことがあるという
事実を受けとめられれば充分だし、
自覚できなければそれもそれでよし。

変態である自分を開き直れたら
バッチリなのです✨✨✨

一方が一方に無理やり合わせよう
矯正させようとする必要はないし、
それはかえって不調和を生みます。

家庭や学校、地域や国と
不調和は波紋のようにひろがっていき、
貧困や競争、戦争といった形で現れたりします。

大袈裟な話に聞こえるかもしれませんが
それが真実です。

精神病とか発達障害なんてものは、
本当は、そもそもないんです。
人間“ごっこ遊び”の延長なのです。

なんて言いきると
「おかしい人はみんな
自分は病気じゃないって言うけど
それがすでに病気なんだよ」
と思われかねませんが、それで結構です。

今更もう、
病気だろうが何だろうがかまいません。

※ちなみに、そのへんの心療内科で
わたしの脳内をぶちまければ
まず入院をすすめられます。(体験済)

「世間一般からみたら
頭がおかしい人にくくられますけど
…なにか? 」
と少しずつ開き直れるようになってきて
だいぶラクになりました。

だから
わたしはなんちゃって障害者です。
そしてある意味、ガッツリ障害者(笑)

どう努力したところで
誰かに不愉快な思いをさせたり
迷惑はかけてしまいます。
それはゼロにはできません。

そのうえで、できる全力で愉しんで
その歓びのエネルギーを伝染させたいと
日々実験と検証を繰り返す
試行錯誤をして遊んでいます。

苦手を克服するよりも
得意なことに集中したいのです。
お互いが得意分野で力を発揮し、
協力しあうのが、わたしの好む世界です。

これまでたびたび、
親や周囲の期待に応えようとか
世の中に合わせてみようとか
努力をしては空回って挫折をしてきたので
ムリに人間ぶることがいかに「遠回り」かを
身をもって知っています。

歩みよってくれる人たちもいましたが、
それでもしんどくて
何度も逃げたり投げ出したりしました。

厚意をふみにじってしまうこともあり、
心から申し訳なく思っていますが
できないものはできないのです。

何をするにも、
その対象とエネルギーの
折り合いがつかないとしっくりきません。

違和感があるまま動きつづけると、
強制的にストップがかかります。
常識では“こうすべき”とわかっていても
その通りにできなくなるのです。

先日もちょうどタイムリーに、
「発達障害者を雇用すると事業主は苦労する」
なんて話題で
盛り上がっている場に遭遇しました。
さすがわがセカイ、よくできています。

わたしは主に「苦労をかけた」側ですが、
雇用する側だったこともあるので、
どちらの立場も言い分もよく分かります。

つい最近でも、
請け負った依頼に対して
どうしても手が動かなくなり、
待ってもらった挙句に
お断りさせてもらうことがありました。

すでによほどの信頼関係があるか
巨匠でもない限り
こんなことでは仕事になりません。
大迷惑です。

それも理解した上で
ギリギリまで調整を試みた結果の、
ごめんなさいでした。

不器用に見えても
怠けたりふざけているように見えても、
社会的に不利になる可能性があっても、
馬鹿正直に生きていたいのです。

そう決めました。
腹をくくったら、やけに清々しい気分です。
するとどんどん世界が拓けていくから面白い。

これまでも自分で自分を追い込んだり
人に追い込ませたりしながら
何度もピンチな状況を作っては
自分の潜在能力を試すようなことをしてきました。

もう、そんなふうに
あえて「障害」をつくらなくても、
スムースにお互いが心地よくいられるステージが
とっくに用意されています。

“こんな(ちっぽけな)わたし”と思ってきたのが
“こんな(素晴らしい)わたし”と感動し、
周囲のものごと、人々のことも同じように
素晴らしいと感じられる領域です。

わたしはそこで
皆さんと合流できることを
たのしみにしています。

一日一生、アップデート。
次元上昇と下降を自由自在に行ったりきたり。
そんなことをしているのがわたしたちです。

すごいと思いませんか?

わたしはヘタレなので
カンタンに落ち込んで
その度に(心が)死んで地獄を見るし、
カンタンに復活します。

そして生き返る度、よりしぶとくなります。
不死鳥のごとく蘇るのです。

20160622030618031.jpg

わたしほどしぶとく
人間であることを愛して
愉しんでいる変態はいないと
勝手に思っています。

一緒に
どんどん愉しくなれたらいいですね。

変態さん、いらっしゃい♡

わたしは
皆さんの素晴らしさ、美しさを
誰より知っていて、信じています。

だって、わたし自身のことですから✨

自分へのジャッジやダメ出しを放棄したら。
弱さ醜さと思えるところに正直に向き合えたら。
周囲で何があってもなくても、
軸がブレにくく、惑わされなくなっていきます。

より素直に
自分を人を、世界を、
受け入れて愛せるようになります。

変態が世界を変えるのです。

それは内側の世界のことであり、
外側の世界とも繋がっています。
posted by まさみ♡まみ at 03:43| Comment(0) | メンタルヘルス・心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月20日

言霊を超えるもの

引き寄せだとか
スピリチュアルだとか

そういったキーワードに
揺れてしまっていた頃には

ネガティブなことを
いかにポジティブな発想に変換するか
ネガティブな言葉を
いかにポジティブな言葉に変換するか

みたいなことも取り組んでいました。

もちろん、
ある程度は効果的だし
筋も通っています。

でも、
突き詰めていくと、
ポジティブとかネガティブとか
汚いとか美しいとか、
「人間的な主観」でみたものなんて

どうでもいいし、どうとでもなる。
ということがわかってきます。

これは、
ものごとの本質を捉えていく過程の話です。

「すべては美しい」
「すべては愛( i )である」

それをどこまで
信じきることができるかなのです。

今目の前に広がるものが
どうあったとしても
「これでいいのだ」\(❁´∀`❁)ノと
開き直れるかどうかなのです。

そこをやりきった上で、
「美しく」思考し、言葉を発するならば
それは魔法の地図であり呪文です。

汚い、醜いと思えるものも
腹をくくって向き合ってみると
そこにある美しさにも
気づくときがきます。

「わたし」が
どれだけ素晴らしいか美しいか、
うぬぼれるのでも思い上がるのでもなく、
純粋に感じられるところへ
わたしたちは還ります。

三歩進んで二歩下がり、
こじらせこじらせしながらも
しぶとく人間をやっているわたしが

大丈夫だ。

あなたは、わたしは
何を言おうが言うまいが、
何をしようがしまいが、
美しい。素晴らしい。

と、ずっと言い続けているのは

わたしが同じように
見護られ
励まされてきたからだし、

「在るはない。ないは在る」
「すべてはひとつ」
という、言葉では表現しきれない領域を、
ほんのつかの間だったけど、
体感したことがあるから。

同じような景色でも
すべてが違う。
あるがままを渡しあい感じあう。

あらゆることが
!!!!!!!!!!!
と瞬間的に腑におちる。

ああ、そうだったわーと思い出す場所。

そしてそれは、これは、
わたしの世界なのだから、
わたしと繋がるみんなみんな、

既にその領域にいるのです。
知っているのです。
忘れたフリをしているだけ。

...などと文字にしようとすればするほど
まとまらなくなってしまうのだけど(笑)

あ、最初は言霊の話でしたね。

言葉に宿るエネルギー
言葉に宿らせるエネルギー
それぞれあるわけだけど、

もう好きなように
遊んだらどうですか?
ということ。

教科書どおりの
お利口さんなスピリチュアルなんて
クソ喰らえなのです。

わざわざ悪ぶらなくてもいいけど、
いい人ぶらなくてもいいのです。

浅いところを掻き回して
遊ぶのは
そろそろ卒業でよい頃合。

高次元だ何次元だなんて
人間目線で捉えたところで
たかがしれてるんだから

背伸びするのをやめて
開き直って力を抜いたら

ふと、ああそっかー✨と
そこにあるものに調和している
自分に気づく。

そんな感じかなぁ?
posted by まさみ♡まみ at 19:41| Comment(0) | 魂の真実 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月08日

宇宙の縮図

自分で自分の言葉に
大事なことを
再確認させられることがあります。

↓例えば

20160608101831855.jpg

これを書いた6月7日は
天体の動きでいうと金星の外合。
(地球−太陽−金星という並び)

地球目線だと
金星が太陽に隠れているように見えます。

でも地球は地球で
金星は金星で太陽は太陽で。
隠れるも隠れないもないのですよ。

ものごとを
ある一点で見るか全体で見るか。
選ぶのはわたし。

そして、星の運行なんて知らずとも、
その動きを見ているかのように
わたしは自分という宇宙と向き合い、
わたしに話しかけるのです。

それはわたしが
天体の動きに影響を受けているから
と思うのもヨシ。

わたし自身が宇宙なんだから
連動してあたりまえでしょ
と思うもヨシ。

どの視点から見てもいいのです。

わたしの生きる世界なのだから、
自分にとって都合よく
楽しくしてしまえばいい。

ちなみにわたしは、
長いこと月と仲良くしてきて、
太陽とは疎遠でした。

太陽とも向き合えるようになってきて、
太陽のエネルギーの象徴でもある
金を身につけることを
自分に許せるようになりました。

それを星の世界では
どう解釈するかという見方をしても
面白い。

空も宇宙(ソラ)も、
すべては
わたしの内側に広がっているんだなぁ
と思うと
目の前の景色は一層愛しくなるのです。
posted by まさみ♡まみ at 10:45| Comment(0) | ふとした気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする