☆お問い合わせ☆ 連絡先をご存じない方は、facebookページのメッセージ機能をご利用ください。

2016年04月23日

変態上等

玉置浩二と槇原敬之
玉置浩二 × 槇原敬之 / 田園


ミュージシャンとして好きな2人が
一緒に歌うのを聴いて泣けた。

人としては
いろいろ問題はあるかもしれない人たち。
でも表現者としてはすごい。

常識を超えてるからこそ、すごいのだけど。

昔むかしから
画家やら音楽家やら文筆家やら
芸術に携わる人たちというのは
なにかとぶっ飛んでいる。

破天荒なキャラクターと物語も
それはそれで魅力的なのだけど

もてあましてしまうほどに溢れる
感じやエネルギーが
セックスや暴力や薬に
散らされてしまうのはもったいない。

エネルギーが100%表現することに
向かったらどうなるんだろうと思う。

ステージの上とか
筆を持った瞬間とか、
スイッチが入っている時は
100%に近いのかもしれないけど、
もっともっとすごいと思うんだよなぁ。

そして
自分のことを振り返ってみたとき、

自分を縛るものを外していったら
完全に自由になっちゃったら
これ以上素が出ちゃったら、

人に迷惑がかかるかもしれない
白い目で見られるかもしれない
と恐れているから
ブレーキがかかる。

まだまだ中途半端なのだ。

白い目で見られたとしても
非難されるようなことがあったとしても
ほんとうは屁でもない。

それ以上に愛されているから。
愛しかないのだから。

それを信じていられたら怖いものはない。

幼いころわたしは
絵と歌の好きな女の子だった。

誰のためでもなく
自分のためだけに歌っていた。
とてもしあわせだった。

それを聞いた母親に
下手くそだとからかわれて
傷ついた。恥ずかしくなった。
喋るときに吃るようになった。

今でも人前で
声を発することには抵抗がある。

それを超えたくて
人前にでて
しゃべるような仕事もやってみた。

上手にやりたい
褒められたい
しかられたくない
そんな思いがあるから

今はまだ
幼いころのような
純粋さ100%の出力では
やれていない。

下手くそでも
胸をうつ歌はある。
絵でも写真でも言葉でもそう。

わたしはどんどん
変態を極めていく。
本来の姿に還っていく。

それでも
周囲とも調和できる
ちょうどいいバランスがあるはず。

そんなことを
彼らの歌を聴きながら考えた。

☆追記☆

お付き合いの浅い方たちのために補足すると
「変態」というのは
わたしにとっては
素晴らしい状態を示します(笑)

昆虫の変態とも掛けている。

posted by まさみ♡まみ at 13:22| Comment(0) | 日々のあれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。