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2016年06月08日

愛と死の間で

ふと、もう死んでもいいかな
と思うことがあります。

言葉は人それぞれ解釈が違うので
誤解を与えるかもしれない
うまく伝わらないかもしれない。

とくに生死に関わることは
難しく思われがち。

でもこれは、
絶望とか悲観とかいったことではありません。
(と前置きしておく)

たまーに
わけもなく、ただただしあわせで
ああ、もう今死んでも悔いはない。
と感じる瞬間があります。

でも
わたしの中で
終わりにしていないことがあるから、
人間をやりたいから、

まだこうして生きています。
まだ肉体があります。

そして一方で、

喜怒哀楽、人間的な感覚・感情で捉える
あらゆることが「おたのしみ」
だと知りつつ、

先に書いた幸福感とは全く違う感覚で、
なんだか全部が
どーでもよくなっちゃう時もあります。

ある種の
変態あるあるのひとつかもしれないけど、
地に足がつかなくなるというか
魂が肉体から離れたがることがあるのです。

わたしを、この世を、世界を、
すべてを愉しみ愛している♡
なんて言いながら、

そんなん全部、ど〜でもええがなぁ〜
と思っちゃうわたしもいる。
そんな矛盾。

離れたり戻ったり
行ったり来たりすることがあるのです。

それを責めたり許したり。
ガッカリしたりニヤニヤしたり。
なかなか振り幅が大きい。

その動きの過程で
エネルギーが発生します。
それが様々な作用を起こします。

エネルギー自体には善も悪もなく、
使うわたし次第で
何にでもなる。何でもできる。

この、わたし(たち)が
エネルギーを発生させ動かす流れは、

あらゆる物質の基礎である、
核の周りで電子が動いて
エネルギーが発生する...
という仕組みと同じなのです。

わたしたち自身が宇宙の縮図であり、
磁場あり、パワースポットであり、
すべてであるということ。

矛盾や葛藤や揺らぎもあることが
人間らしさとも言えます。

愛と死の間で
無限のエネルギーが循環しています。

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自分が発するエネルギーに振り回され
耐えきれず、混乱したり、
あれやこれやこじらせて、
迷惑をかけたり、かけられたり

この先もいろいろあるかもしれないけど
すべてが約束の上での
調和への道のりだと、

どこまで信じて委ねられるかが
この世を愉しむポイントだと
わたしは思っています。

あなたからわたしがどう見えても
あなたがどう見えたとしても

すべては愛( i )です。
posted by まさみ♡まみ at 00:28| Comment(0) | 日々のあれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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