2018年09月08日

「普通」の家族って?

血の繋がった身内とは
リアルな交流がほぼありません。

お盆や正月に帰らないの〜とか
災害の時に心配されなかったかとか
心配じゃなかったかとか聞かれたとき、
ありのままの状況を話すと
ドン引きされること、しばしば。

そういうときに、
わたしは平均的?な家庭とは、
異なる過程を歩んてきたんだと自覚します。

他人と比較することがないので、
傍からみておかしくても異質でも、
それがわたしの普通です。

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心や物理的な距離があるから
愛がないとか、縁が薄いわけではありません。
肉親たちは、重要な働きをしてくれています。

それぞれの立ち位置というか
生きている世界の違いがあるから
直接の関わりを持つ必要があるかどうかは
その都度判断します。

血の繋がりがなくても
濃く深く繋がっている魂の家族
と言えるような関係も存在します。

こちらもまた、
その時々のお互いの立ち位置※により
距離感が変わります。

※立ち位置というのはエネルギー座標のことです。
自分の内側に宇宙があるとして、
そのどこら辺に重心をおくか、みたいなこと。

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ある時期までは
身内との関係を改善してみようと
頑張ってみたこともあります。
でも「頑張る」ものではないんだよなぁと感じて、
一定ライン以上のことはやめました。

愛は常にわたしの内にあるから、それで充分。

あ、そもそもの大前提として、
わたしたちは自分の肉体を使って
神(情報、エネルギー)を降ろすシャーマンです。

必要なものを見聞き感じるために、
肉親だったり他人だったり「器」は変わっても、
その時々に最適な配役で、最適なものを降ろして
演じあいます。

わたしには、人間的な感覚として、
肉親への情もあります。でもそれ以上に
瞬間旬感の引力、エネルギーの法則を
信頼し、従っています。

何事においても
そうありたいか、そうしたいかどうかは
自分の内側の感覚を大切に
優先順位を決めています。

仮にそれが「間違った」判断だとしても、
そのときの全力で自ら決めたことなら、
言い訳も後悔もしない自信があるからです。

人生では何かしら
不都合なことは起こるかもしれませんが、
それでも
人は観たいものしか見ないし
生きたいようにしか生きていません。

それが真実です。

そんなことないよー
と思う人がいたとして、
分からなくてもいいんです。
それでも真実だから(笑)

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なにやら、とりとめなくなったけれども、
「普通」の家族関係ではなかったとしても
わたしは自分の身内をわたしなりに大切にしています。

また、その時々で出逢い関わりあう、
魂の家族も大切にしています。

ただ、その関わり方、接し方が
世間一般からすると異質なこともあるので、
わたしのことを冷たい、理解できないと
思う方もいるでしょう。

人としてはダメダメなところばかりだし、
社会人としては底辺だと思いますよ(笑)

それでもわたしは、
わたしと繋がる全てについて
自分自身を愛するのと同じように
愛しています。

愛、愛とは何か。
これについてもまた書きますね。
posted by まさみ♡まみ at 00:55| Comment(0) | 魂の真実 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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