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2015年12月30日

チャクラの数

人における
エネルギースポットのような存在
チャクラの数は一体いくつなのか?

7とか8とか13とか、それ以上とか
いろいろ言われているけれど。

実際には無数にあります。
信頼できる方とも
その見解で一致したので
やっぱりそうだよねと確信した次第。

よく見る図にあるような
代表的なチャクラはもちろんなのだけど
肉体から離れた所で作用するものも含め
数えきれないほどあります。

チャクラって無数にあるんじゃないかと
思いはじめたのは
声を使って調整をするようになってから。

チューナーなどで
特定の周波数の音を響かせるよりも、
自分の声で、微細な加減をしながらのほうが、
ピンポイントに痒いところに手が届く。

使う音によって反応する場所が異なるので
単純に第〇チャクラが〜ってことではない
というのがよく分かりました。

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そして実は手も声以上に
よく働いてくれているようで、
無意識な手の動きも
侮れないなぁと思う今日この頃。

自分の手や声をつかった調整は
ふと気づいた時には
それを思い出して
活用しはじめる方が多いはず。
誰でもできます。

みんな魔法使いだからね☆彡.。

これからは
そういった
今まで分からんブリっ子してきた
閉ざしてきた扉を
どんどん開いていくときです。

畏れずに
もったいぶらずに
どんどん思い出していきまっしょい♡

一緒に愉しんでくださる方、
大歓迎\(❁´∀`❁)ノ

かかわり合い共鳴しあうことで
さまざまな化学反応が起きるのが
人と人の御縁の面白いところ。

来年もよろしくねー!
posted by まさみ♡まみ at 02:25| Comment(0) | 魂の真実 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月29日

敬愛と崇拝

他者に感動し敬意を持つことと
特別視することは違う
といったことなどをお話しします。

誰かを大切に思い
敬うことは素敵なことです。

自分の世界に存在するもの、人
あらゆるものは
完全体である「わたし」の
各要素を確認するために存在しています。

目の前の出来事や
出逢う人が素晴らしいということは
わたしの中の素晴らしい部分を
見せてくれているということ。

周囲へ感謝するとともに
わたしが「わたし」に繋がれている
ということに感謝できるかが
とても大切なことです。

誰かのセッションが素晴らしかったとして
それはその「誰か」が何かを
してくれたのではありません。

誰かという媒体を通して
「わたし」がわたしに必要なことを
してくれています。

セッションを行う人も
「誰か」のために何かを
しているのではありません。

やはり、誰かという媒体を通して
「わたし」がわたしに必要なことを
してくれています。

全てはわたし自身のために
行っていることです。

自分の外側で行われていることは
内側にあることと繋がっています。

世のため人のため
世界に、宇宙に貢献したいと
活動のフィールドを広げている方は

それだけ自分の内の
向き合いたいもの、ケアしたいものの
規模が大きいということです。

人の役に立ちたいという人は
わたし自身に認められたがっているし、
人を救いたいという人は
自分が救われたいのです。

そんな自分の内側の声に
素直になれるかが
「わたし」との繋がり具合を
変えていきます。

全ては「わたし」が
わたしのためにやっていることである
という確信を持って生きるようになると、
盲信や崇拝はしなくなります。
驕ることなく謙虚でいられます。

そして愛と尊敬を強く感じます。

自分を愛するように
人を愛せるようになります。

一方で、
美しく輝くものが際立つと同時に
不愉快なものも
目に耳に鼻につくかもしれません。

それは「わたし」を
どの位置から見て感じたかという
ほんの一点にすぎないので

その醜さをもって、
自らの美しさを否定する根拠には
しないでほしいです。

愛する人、尊敬する人があり、
彼らが人として喜びに満ちて
笑顔でいてくれる。

そんな様子を見ていられることが
わたしにとってのしあわせです。

わたしがわたしを愛し、尊敬し、
喜びに満ちあふれることで
それが実現します。

だから
わたしはわたしのことを
最優先に、大切にしていきます。

世界を創るのは、変えるのは
「わたし」だからです。

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posted by まさみ♡まみ at 13:16| Comment(0) | 魂の真実 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月27日

オッス、オラ宇宙\(❁´∀`❁)ノ

「この世」は自分の内なるものの
反映、投影であるということは
そこかしこで言われていることですが
実際に体感し腑に落としている方は
どのくらいおられるのでしょうか。

わたしたちは各自それぞれが
自分の生きる世界を、宇宙を
思いどおりに、思ったとおりに、

想った、イメージしたそのものを
物質化・現象化して生きています。

そしてそれがよりリアルに
自覚できるようになっていくのが
これからわたしたちが生きていくフィールドです。

わたしが見る、感じる世界、宇宙は
わたしの魂の投影であり
思考の投影であり
肉体の投影です。

美しいと思うもの、
感動するできごと、
尊敬する人、
不快で不愉快なアレコレも、

わたしの内側で、肉体で
何が起きて蠢いているのかを
理解し対話するサインです。

ある人、物、できごとに対して、
あれはわたしの脳で心臓で血液で・・・
細胞ひとつひとつの活動が
今こんなふうだってことを示しているなぁ

みたいな感じで
自分をセルフリーディングするのです。
とっても愉しいですよ♡

この感覚が愉しめるようになると

今生きている世界の創造主が
「わたし」自身であること。
各自がそれぞれの宇宙の中心であり
中神であることが
自然と受けとめられるようになります。

誰かを盲信したり羨んだり妬んだり
そういったムダな抵抗や遠回りを
しなくなっていきます。

憧れる♡♡♡さんも
わたしの中の素晴らしい要素の
ひとつを見せてくれている。

ムカつく♡♡♡さんも
わたしの古い固定概念の
ひとつを見せてくれている。

そんなふうに思えるようになります。

ふだんわたしとお付き合いくださっている
方々の多くは、
このあたりはあえての説明は不要でしょう。

そして今このことを改めて文字にしているのは
イメージの物質化・現象化が
加速しているので、
復習しておきましょうね☆彡.。
という内なる声があったからです。

「わたしは創造主である」
「神はわたしとともにある」
これを真実として
体感し腑に落としなおすタイミングです。

やわらかく言うと
「生きてるだけで丸儲け」
な感じ。

キラッ*.+:.☆\( °∀° )/☆.:+.*

ホップステップジャンプ!
の12月ももう終盤。

2016年からは
言い訳している暇がないくらいの
くるくるミラクル大連鎖です。

少なくとも、
わたしの世界では、そうです。

できれば
皆様もご一緒に♡
愉しみながら歩んでいきたいです。

真実の美という
自分の名に相応しい働きを
自分の中に起こしていきます。

真美(まさみ・まみ)

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posted by まさみ♡まみ at 06:55| Comment(0) | 魂の真実 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月07日

天照る天照らす

痛い子アマテラス
過去にこんな記事を書いていました。

わたし自身もなのですが
アマテラスというキーワードに反応し
あたしってアマテラスじゃん?などと思ってしまう

痛い子アマテラスちゃん、
自作自演アカデミー賞、主演女優の方々に共通する
とっても重要な要素についてのお話です。

一言で言えば「男勝り」「女だてら」なエネルギー。
女を飛び越えて、男をやろうとしてしまう感じです。

それは古事記や日本書紀の編纂に深く関わった
持統天皇の魂の物語に繋がります。

古事記、日本書紀は
朝廷が権力をふるう正当性を内外に知らしめるために
天武天皇が編纂を命じました。

そして天武天皇が崩御した後、
后であった持統天皇(便宜上この名で統一)が引き継ぎます。

彼女は父親である天智天皇を恐れ、反発しながらも
多大な影響を受け、その才覚を譲り受けました。

そして夫とともに数々の窮地をくぐりぬけ、
彼の片腕であることに生き甲斐を見出し、
自らの血筋による政権維持を目指します。

しかし、いくら自分達が優秀な政治家であっても
その子や孫が同じような性質であるとは限りません。

政治的手腕がない人が天皇になっても
国が揺るがないようにするために、
古事記・日本書紀の編纂と並行し、
律令制度も整備していきました。

カリスマ社長が
自分の引退後を見越して
会社のしくみを整えていくようなものです。

そんな中での神様の物語。

古事記や日本書紀に書かれていることは
それまでに語り継がれてきた古くからの伝承を
朝廷に都合良く作りかえています。

その最たる部分が
天照大神という「女神」を誕生させたことです。

アマテラスの物語にあたる部分の多くは
男性神アマテルとして伝えられてきたもので、
そこの辻褄を合わせるために、
アマテルの妻として記されていた瀬織津姫の存在は
なかったことにされました。

厳密に言うと
瀬織津姫は完全に消されたのではなく、
アマテルと瀬織津姫の一部を足した感じが
アマテラスです。(ちょーザックリですが)

そしてそのアマテラスは
夫亡き後に
国のトップに立ち男も女もやろうとした
持統天皇の姿とも重なります。

彼女自身が選んだ道ではありますが、
その重圧たるやいかほどであったか。

とんでもなく有能でタフであったからこそ
出来てしまったことではありますが、
大変なムリをしていたはずです。

父を超える。
そして
愛する人がやろうとしたことを
わたしが形にしてみせる。

その中で行われたこと。
「都合の悪いものは排除し、改ざんすればいい。」
そいういう思考にはゆがみが生まれます。
その執念じみたエネルギーの連鎖が
今の日本の負の部分です。

持統天皇が一人の女性として求めていたものは
愛する人と必要としあい支えあうことでした。
それは国をつくることでなくても良かったのです。

でも次々と愛する人が先立っていく中で
一人で頑張ろうとしました。

優秀な者も周囲にいたからこそ
後に古事記や日本書紀ができ、
律令制度も整いましたが

その中に喜びや祝福は感じられません。
どちらかというと重く、内に籠もるような感覚です。
これらが作られた時代や人の流れ、想いなどが
織り込まれているからなのでしょう。

彼女のそばに、
ほっと気を許せて、
自らを委ねられるような相手は
いなかったように感じます。

男性と女性はともに協力し合って
生きていくのが理想的です。

エネルギーの側面で言うと
女性の築く磁場を活用して
その中心に光の柱を立てることが
男女の共同作業です。

このときの磁場を活性化させるために必要なのは
「安心」や「信頼」です。

天皇でも皇后でもなく「讃良(さらら)」として
の安らぎは、なかなか得られず、
その渇望感が
天皇の存在が何たるかを明確にすることに注がれ、
さまざまな遺恨を残しました。

天照大神に反応し、神話を読んで、
あたしってアマテラス?とか感じてしまう女性の多くは
男も女もやろうと頑張ってしまいがちな要素を持っています。

能力がありカリスマ性もあるのだから
何でも出来てしまいそうな気がしても仕方がないのですが、
上手に男性に甘えて、頼って、ラクをしてもいいのです。
いえ、むしろ頼ってください。

あなたが安心し、愉しみ、悦ぶことで
磁場が広がり大きくなり、
より大きな光の柱を立てることができます。

男性性と女性性の調和が
平和で豊かな世界を作ることに必要な条件です。

最近気になった人物で言うと
アウンサンスーチーさんがいます。

大変魅力的な方です。
でも今見ると違和感を感じます。

もし彼女が
父親の遺志を継ぐことと
「わたししかいない」と
自らが上に立つことを第一にしてしまったら
仮に上に立てたとしても国は安定しません。

彼女の周囲に
心から信頼できる男性の側近がいればいいのですが…
そこが気がかりです。

まあ、そんな気がかりも
いらぬお世話で。

わたしはわたしのことをやって
自分を輝かせることが
わたしの見る世界を
より美しいものに変えてゆくでしょう。

日本にもかつて「卑弥呼」と呼ばれる女性が
上に立つ国があったではないかと言われるかもしれませんが
そこにも彼女を支える男性がいたはずだし、
また、男女の調和が保てていたのならば
今でも、邪馬台国は存在していたはずです。

命を育み生む器でもある女性は偉大ではありますが
女性(性)を輝かせるのは男性(性)です。

雌雄同体の生物があるように
子孫を残すだけであれば男女に分かれる必要はなかったのですから
異なる性別の人間が存在する意味を深く感じることが
必要だと思います。
posted by まさみ♡まみ at 18:17| Comment(0) | 魂の真実 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

空海と真名井御前と

「あかつき」の記事を書く前に
書いていたものなので
感覚が前後しますがアップします。

歴史や神話や伝承の中の
負の部分、
そこに込められた、そこから生まれた
人の欲や怒りや哀しみを感じきり、
「ごちそうさま」をして
書き換えていくことが
わたし(たち)の重要な通り道のひとつです。

空海の話をしているときに
真名井御前の名が出て、辿っていくと
瀬織津姫や弁財天も出てきて
そこから、持統天皇のことを思い出しました。

日本の神話は
朝廷が政治をやりやすくするために
都合良く作りかえられました。
キリスト教や仏教が
実際の教えとは異なるのと同じです。

古事記と日本書紀と2冊が編纂されたのは
1冊では当時の政権を維持していくためのツールとして
うまく帳尻が合わなかったからです。

そのねじ曲げられた伝承の中に
瀬織津姫がいます。

真名井御前は
日下部氏の流れをくむ方のようなので
乙姫の物語にも繋がっています。

「ないこと」にされたり
ねじ曲げられた
女神、女性性の哀しみを
彼女は持っていて
空海は生身のあいだには
それを癒しきることはできませんでした。

空海は山をひらき寺を建て
目に見えること見えないこと
たくさんの偉業を成したのだけど
その優先順位がちょっとズレていました。

家族や愛する人との関わりを
大切にする方が
彼の魂が求めていた真実の道の
最短ルートであった気がします。

組織なんてものは
大きくなればなるほど
役に立たなくなっていきます。

お金にも権力にも屈さずにすむところに
行けたのだけど
最後のツメが甘かった。

「おしい!」
そんな言葉が
彼にはピッタリです。

空海が真名井御前と出逢ったのは
40代の終わりの頃で
人生の終盤にさしかかっていました。

そう思えば
当時の人としては
相当によくやったと思うのですが

どこか不完全燃焼でした。

何でも出来てしまう天才だけに
そのエネルギーを分散させてしまいました。
「ここぞ」という一点に
その類い希なる能力とエネルギーの全てを
注いでほしかったです。

ほかのことは、その後でも充分間に合ったのです。
優先順位を見極めるというのは
本当に大切なことです。

彼が思い残したこと、やり残したことを
今この世界で
わたし達が完結させます。

先日お話しした
アインシュタインの娘への手紙に通じるものが
ここにもあります。

すべては愛iであるということ。
この世の構成要素は、愛iです。

個のことをやりきると、
その感動が振動が
全体に波紋のように広がっていきます。
奇跡が連鎖します。
愛の大フィーバーです。

世界を変えようとしなくても
自分が変われば
世界は勝手に変わるのです。

それをわたしたち各自が
楽しみながら達成していくことで
世界はどんどんキラキラと輝きを増していきます。

愛iを輝かせるためには
「あえて」の
留学も山ごもりも修行も必要ありません。
大切な家族とともに暮らしたらいいし、
男女の調和も大切なことです。

青い鳥は
いつでも
すぐそばでさえずっています。
posted by まさみ♡まみ at 15:07| Comment(0) | 魂の真実 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする