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2017年09月08日

ふりカエル

自分の書いたものを、
たまに読み直してみると、とても面白いです。

うわわわわわわぁぁあああ!!!
と、恥ずかしくて悶絶することもあります。

あまりにも今と隔絶していると消す場合もありますが、
だいたいは残してあります。

わたしの通ってきた道のりの記録だし、
同じ過程を歩んでいる方には、記事を目にしたときに、
当時のわたしの様子が参考になることもあるかもしれません。

エネルギーの交流は、時空を超えて楽しめます。

FB_IMG_1504835895164.jpg

最近は「人神(ひとがみ)」というキーワードをよく使います。

人神とは
人であり神であることを認識し自覚した領域にある
または、自覚しつつある段階の方のこと。

つまりは、わたしたちのことです。

どこかにある何か、誰か、ではなく
自分の中にすべてが備わっていると、
理屈を超えて体感していく、体感している世界で
わたしたちは生きています。

その過渡期では、
様々な感情や違和感に振り回されて
ぐるんぐるんになってしまうこともあります。

そんな方には
>>メンタルヘルスのカテゴリ
の記事がピッタリかもしれません。

心と魂のバランスを取ろうとしてきた
わたしの歩みの記録のようなものてます。

すべての記事において共通することですが、
文字を理解しようとするよりも、
そこにあるわたしの存在、エネルギーを感じてもらえたら
嬉しいです。

「エネルギー読み」にチャレンジしてみてください☆彡

読むだけで、見るだけで、ページを開いてみるだけで、
わたしたちは繋がれます。

エネルギーは動いています。
常に奇跡は起きています。
posted by まさみ♡まみ at 11:14| Comment(0) | メンタルヘルス・心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月22日

互いの世界地図

あるとき、とあるハタチの学生さんが

わたしは「学生だから」お金がない。
お金がないから〜〜〜できない。
...といった表現をしていました。

それって、
学生だから、じゃなくて
ただ、自分にお金がないってだけだよね。

親のスネをかじっている人も
そうでない人も含めて
金銭的に余裕があって、
積極的に行動している「学生」はいます。

ほんで、やりたいことをやらないのを
時間やお金のせいにして言い訳していると、
どえらい遠回りをしますよ。
(体験者談:笑)

まあ、それもそれで愉しい道のりです。
すべては自分という神のお遊戯なのですから。

そもそもなんで
こんな発言がされたかというと。

金額が高い安いよりも、
質の良さや内容に満足できるかどうかを
価値基準にしている。

という言葉に対して出てきました。

あるものが欲しい。
あることがしたい。(又はしたくない)

それらを達成するための手段は
たくさんあります。

もっと言うと、
目標設定そのものが適切かどうか。
根本から見直しが必要なケースもあります。

古い世界の「常識」のまま
思い込みでガチガチに凝り固まっていると、
あるはずの出口が見えず見つからず
パニックになってしまうこともあるのです。

わたしたちは
各自の定義した言葉やイメージどおりに
世界を創造しています。

思ったまま、言ったままが
自分の世界を形づくります。

20170322025200326.jpg

さて、ここで基本のおさらい。

わたしの世界に現れたこの学生は、
わたし自身でもあります。

わたしはわたしに
何を見せ聴かせ感じさせたかったのでしょう。


わたしには今
手にしたいものがあります。
達成したいことがあります。

自分を大切にして向きあってきた
つもりだったけど、
何か勘違いや思い違いはしていないか?
頑なになってはいないか?

その地図は、目的地は
今のわたしに適切だろうか?

今一度見直してみなさい
そう言われている気がしました。

これは、わたしと繋がる皆さんにも
共通のテーマです。

その地図は、目的地は
今のわたしに適切だろうか?


目の前に何か、誰か
違和感を感じさせるものが現れたとしたら。
チューニングしなおす時間と心の余裕を
大切にしてください。

ひとりでは難しいと感じたなら
仲間と協力しあえばいいのです。

仲間がいない…?
少なくともひとり、ココにいますよ。
わたしがね。

互いに支えあい協力しあうために
たくさんの「わたしたち」が存在しています。

人間としてのいのちを、時間を、空間を、
ともに、とことん、歓び愉しみましょう✨

完璧なタイミングで
再会し合流し交流できることを
たのしみにしています。
posted by まさみ♡まみ at 02:52| Comment(0) | メンタルヘルス・心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月06日

素敵な変態

素敵なへんたい✨
作家の市川拓司さん。
http://dot.asahi.com/aera/2016061000241.html

市川さんは作家として成功していますね。
世の中には、驚異的な変態力を活かして
社会的に成功している人たちがいます。
そこを取り上げて、
お宅のお子さんもその可能性が…
みたいな感じで書かれていることもあります。

でもそれで
「何者か 」を目指しちゃう、(周囲が)期待しちゃうのは
古い不調和のループにハマりがち。

その人のそのままで、
のびのびいられたらいいのです。

わたしは、
人に合わせられないのに
合わせようと頑張って
自分をねじ曲げて押しつぶす生き方は
しんどかった(からやめました)。

親を安心させるために
安定した収入を得るために
会社員をしていた方がいいんじゃないか
なんて思い込んでいた時より

ラクに生きています。
案外どうにかなるものです。

わたしを不快に感じ拒絶する人もいれば、
わたしの存在を、わたしとの交流を
愉しんで喜んでくれる人もいます。

うまくいかないことを嘆くよりも
嬉しい出逢いを100%噛み締めて味わうことに
エネルギーを注いだ方がより愉しいです。

ものごとのどの面を捉えるかなのです。

参考:過去記事
「なんちゃって障害者」
http://hairandnail.seesaa.net/article/439265032.html

両親を筆頭に、
わたしを否定した人たちを見返したくて
何か成さねば!とがむしゃらになったことも
あったけれど。

じつは
わたしがわたしを認めきれていなくて
自分に対して「認めてよ!」「愛してよ!」
と叫んでいて、それを周囲の人々に
演じさせていただけだったということに気付くと。

ほんともう、ごめんね。
ありがとうね。と
自分自身の大切さをしみじみ感じるようになります。

そうなってくると、外側の世界も
どんどん連動して変容していきます。

わたしの場合は、
それこそいわゆる「発達障害」の
テンプレみたいな方を
お客様として迎える機会が増えました(笑)

変態の変態による変態のためのセッション(交流)は
とんでもなく愉しい。
みなさんとっても素敵です。

本人がいい感じに開き直っていると、
周りがどう思おうが何を言おうが
しあわせなんですよ。

じょうずに役割分担しながら、
堂々と迷惑もかけあって
ありがとうを言いあって
歓びあえるのが、
今のわたしが見ている世界です。

生き苦しさ、息苦しさがあるのだとしたら
無理して頑張らなくてもいいと思います。

嫌です。出来ません。
やりたくありません。
好きです。出来ます。
やりたいです。
感じるまま、正直に言っても大丈夫です。

それで離れていくものがあったとしても
大丈夫。と安心していたら、
ちゃんとその通りになります。

「 安心」して
自分を「信じて」いられる
という状態がとてもとても大切です。

とくにここ数回、
そんな話ばかりしていますね。

でも、しんどいところで
頑張っている自分が大好きで、
同じとこをぐるんぐるんしている場合が
あるということも、事実。

サッサと降参して変態だと開き直るもよし。
困難に立ち向かいつづけるのもよし。
どんなルートを選んでも
最終的には必ず同じところで
わたしたちは合流します。

人間的な感覚での
前とか悪とか、幸とか不幸とか
成功とか失敗とか…
すべてまるっとひっくるめた
愛( i )に
わたしたちは還っていきます。

20160706160308720.jpg

最近のわたしは
引きこもって家にいる時間が
多いのをいいことに

果実などの発酵液を作り比べるのにハマっています(笑)
このへんの話は、また次の機会に。
posted by まさみ♡まみ at 16:05| Comment(0) | メンタルヘルス・心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月22日

なんちゃって障害者

わたしたち変態さんたちは
病院に行けば
たいがい何かしら病んでると診断されます。
精神的な病であるとか、発達障害とかね。

発達障害にもアスペルガー、ADD、ADHDやら
いろいろあるけれども、これ自体が
「平均的な」人たちの目線で
「常識的な」枠では測りきれないものを
無理やり分類しただけなので、
実際にはドンピシャな診断というのはできません。

でもって「専門家」を名乗る医師も
ほとんどが表層的な現象を
“改善”しなければならない“症状”と捉えて
薬物や心理学的なアプローチで
なんとかしようとします。

そもそもなにが、なんでしんどいのか?
なんて本質は置いてけぼりです。

世の「普通」の枠に収まりきれなくて
でも頑張って収まろうとして、
本来のその人らしさが発揮できず、
エネルギーがぐるんぐるんしてしまうのが
不調和のはじまり。

のびのびとさせてくれる人や環境があると
一気に花開き羽ばたいていくのですが、
思うようにいかず、
くすぶってしまう人が少なからずいます。

迷惑をかけてしまう、あるいは
かけあうことがあるという
事実を受けとめられれば充分だし、
自覚できなければそれもそれでよし。

変態である自分を開き直れたら
バッチリなのです✨✨✨

一方が一方に無理やり合わせよう
矯正させようとする必要はないし、
それはかえって不調和を生みます。

家庭や学校、地域や国と
不調和は波紋のようにひろがっていき、
貧困や競争、戦争といった形で現れたりします。

大袈裟な話に聞こえるかもしれませんが
それが真実です。

精神病とか発達障害なんてものは、
本当は、そもそもないんです。
人間“ごっこ遊び”の延長なのです。

なんて言いきると
「おかしい人はみんな
自分は病気じゃないって言うけど
それがすでに病気なんだよ」
と思われかねませんが、それで結構です。

今更もう、
病気だろうが何だろうがかまいません。

※ちなみに、そのへんの心療内科で
わたしの脳内をぶちまければ
まず入院をすすめられます。(体験済)

「世間一般からみたら
頭がおかしい人にくくられますけど
…なにか? 」
と少しずつ開き直れるようになってきて
だいぶラクになりました。

だから
わたしはなんちゃって障害者です。
そしてある意味、ガッツリ障害者(笑)

どう努力したところで
誰かに不愉快な思いをさせたり
迷惑はかけてしまいます。
それはゼロにはできません。

そのうえで、できる全力で愉しんで
その歓びのエネルギーを伝染させたいと
日々実験と検証を繰り返す
試行錯誤をして遊んでいます。

苦手を克服するよりも
得意なことに集中したいのです。
お互いが得意分野で力を発揮し、
協力しあうのが、わたしの好む世界です。

これまでたびたび、
親や周囲の期待に応えようとか
世の中に合わせてみようとか
努力をしては空回って挫折をしてきたので
ムリに人間ぶることがいかに「遠回り」かを
身をもって知っています。

歩みよってくれる人たちもいましたが、
それでもしんどくて
何度も逃げたり投げ出したりしました。

厚意をふみにじってしまうこともあり、
心から申し訳なく思っていますが
できないものはできないのです。

何をするにも、
その対象とエネルギーの
折り合いがつかないとしっくりきません。

違和感があるまま動きつづけると、
強制的にストップがかかります。
常識では“こうすべき”とわかっていても
その通りにできなくなるのです。

先日もちょうどタイムリーに、
「発達障害者を雇用すると事業主は苦労する」
なんて話題で
盛り上がっている場に遭遇しました。
さすがわがセカイ、よくできています。

わたしは主に「苦労をかけた」側ですが、
雇用する側だったこともあるので、
どちらの立場も言い分もよく分かります。

つい最近でも、
請け負った依頼に対して
どうしても手が動かなくなり、
待ってもらった挙句に
お断りさせてもらうことがありました。

すでによほどの信頼関係があるか
巨匠でもない限り
こんなことでは仕事になりません。
大迷惑です。

それも理解した上で
ギリギリまで調整を試みた結果の、
ごめんなさいでした。

不器用に見えても
怠けたりふざけているように見えても、
社会的に不利になる可能性があっても、
馬鹿正直に生きていたいのです。

そう決めました。
腹をくくったら、やけに清々しい気分です。
するとどんどん世界が拓けていくから面白い。

これまでも自分で自分を追い込んだり
人に追い込ませたりしながら
何度もピンチな状況を作っては
自分の潜在能力を試すようなことをしてきました。

もう、そんなふうに
あえて「障害」をつくらなくても、
スムースにお互いが心地よくいられるステージが
とっくに用意されています。

“こんな(ちっぽけな)わたし”と思ってきたのが
“こんな(素晴らしい)わたし”と感動し、
周囲のものごと、人々のことも同じように
素晴らしいと感じられる領域です。

わたしはそこで
皆さんと合流できることを
たのしみにしています。

一日一生、アップデート。
次元上昇と下降を自由自在に行ったりきたり。
そんなことをしているのがわたしたちです。

すごいと思いませんか?

わたしはヘタレなので
カンタンに落ち込んで
その度に(心が)死んで地獄を見るし、
カンタンに復活します。

そして生き返る度、よりしぶとくなります。
不死鳥のごとく蘇るのです。

20160622030618031.jpg

わたしほどしぶとく
人間であることを愛して
愉しんでいる変態はいないと
勝手に思っています。

一緒に
どんどん愉しくなれたらいいですね。

変態さん、いらっしゃい♡

わたしは
皆さんの素晴らしさ、美しさを
誰より知っていて、信じています。

だって、わたし自身のことですから✨

自分へのジャッジやダメ出しを放棄したら。
弱さ醜さと思えるところに正直に向き合えたら。
周囲で何があってもなくても、
軸がブレにくく、惑わされなくなっていきます。

より素直に
自分を人を、世界を、
受け入れて愛せるようになります。

変態が世界を変えるのです。

それは内側の世界のことであり、
外側の世界とも繋がっています。
posted by まさみ♡まみ at 03:43| Comment(0) | メンタルヘルス・心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月17日

不適合な存在

世間とか世の中に照準を合わせると
わたしは社会不適合者です。

たいがい(がわかってないけど)の人と
うまく噛み合いません。

常識的なこと、人間として
あたりまえのことが
わからなかったりできなかったりします。

知識としては学べば知ることができても
なんでそんなことが必要なの?
と思ったりします。

だからわたしはよく
人を傷つけたり怒らせたり
ガッカリさせたりビックリさせたり
いろいろやらかします。

相手からあなたからどう見えていても
わたしは愛でしかないし
愛のもとに動いて生きているけれど
それがうまく伝わらないこともあります。

「悪意がなければ何をしてもいいのか」
と言われることも多々あります。

それはその人の立場からしたら
もっともな意見なので

誰かが嫌な想いをした
という事実には
ごめんなさいと思います。

でも
傷つけあうこともふくめて
それが起こらずに済めばいいけれど
必要があるから発生したことなので

お互いに、ありがとう
でしかないと、わたしは思っています。

そんな様子が
世間知らずなお姫様の
上から目線にも感じられたりもするようです。

反省も努力もしてないように見えて
イラッとされることもしばしば。

だからわたしは
空気を読まない、非常識な
わけのわからん変人
として扱われることもあります。

それも、それとして
よし
と思っているので

もっと気持ちよく
お互いいられたらいいなぁ
どうあればいいかなぁ


わたしはわたしの

できること
やりたいことを
愉しんで

それをどれだけ共有できるかを
大切にしています。

言葉がヘタクソで
言動がトンチンカンでも
その奥にある

本質が

お互いに感じあえる
そんな関係でいられる人が
少しずつでも

ふえていくことを
楽しみにしています。

こんなことを
改めて書いているのは

自分が人と違う
ように感じ

うまくできないことがある

ということに対して
思いやなむ人が
まだこの世には少なからずいるからです。

わたしも
人間をやるかぎり
完璧ではありえないし

まだまだやらかすことは
たくさんあるでしょう。

それでもわたしは
わたしを愛しているし
わたしの回りにあるもの
人を愛しています。

わたしが
どれだけ不愉快で
役に立たない存在に見えたとして

それでもわたしは
愛そのものです。

あなたのことが
不愉快で不都合な存在に
かんじられたとしても

あなたは
愛そのものだと
知っています。

たがら
怒ったり悲しんだりする
人間的な感情は
一瞬の嵐でしかありません。

嵐のあとの
清らかさを味わいたくてやっている

ごっこ遊びが
人生です。

荒れてみえる空の向こうに
いつも星はあり
輝いています。

20160517141158461.jpg

次は気が向いたら

感情ってなんなのか
てことについて書きます。

あたし
人間的な感情がないなぁ

と長いことそれが
悩みだった時代があります。

ではではまた\(❁´∀`❁)ノ
posted by まさみ♡まみ at 14:12| Comment(0) | メンタルヘルス・心 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする